名も無き孤高の三味線弾き ❝松川りゅうのすけ❞ プロフィールや数々のエピソードを掲載
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わたくし、松川和龍乃祐は
松川りゅうのすけ
に改名させていただきます。
松川りゅうのすけ
(まつかわ りゅうのすけ)
『プロフィール&エピソード』
≪芸歴 53年≫
( since 1973 )
[まつかわ りゅうのすけ]
(旧芸名:松川龍之介.松川龍ノ助,松川和龍乃祐)
※孤高(ここう)とは、個人の社会生活における1つの態度を表し、ある種の信念や美学に基づいて、集団に属さず他者と離れることで必要以上の苦労を1人で負うような人の中長期的な行動とその様態の全般を指す。本来は俗世間との通行を自ら断って1人で道を求める者の姿を指しており、私利私欲を求めず他者と妥協することなく「名誉」や「誇り」といったものを重視する姿勢から、周囲が「気高さ」を感じるような良い意味での形容に用いられる他に、協調性を欠いた独自の態度を軽く批判する場合にも用いられる。迎合主義の対極に位置する。芸術家や指導者に多く存在する。
現在は、世界各国に「三味線の先生を育てる」活動、「多くの人が気軽に三味線を始められるようにする」活動を、また社会福祉活動として「高齢者福祉施設」へボランティア演奏も各地で続けている。
近年、SDGsに積極的に取り組んでいる。
特に精神障害者に対する差別や偏見を無くす啓発活動をしている。
▼旧芸名:松川龍之介(1994~)・松川龍ノ助(1996~)・一年限定 寿5e紋(2020)
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『プロフィール全文』
1965年(昭和40年)7月5日
東京都台東区上野生まれ
身長:177cm
血液型:A型
星座:蟹座
最終学歴:高等学校卒業
居住地:神奈川県横浜市
趣味:楽器いじり・アコースティックギター・エレキギター・エレキベース・ウクレレ・シンセサイザー・パーカッション類
The Dad & Sons 〝 戸塚銀蝿 〟 津軽三味線 Special
リーダー&ベーシスト
DTM/DAW など所有 PCいじり(5台所有&ipad) 機械・無線機器いじり・第3級アマチュア無線技士・無線従事者免許所持・コールサイン: JM1VHW 1980年開局
一般社団法人 日本アマチュア無線連盟 会員
横浜市アマチュア無線非常通信協力会 会員
(戸塚支部 : 戸塚アマチュア無線クラブ/JQ1YZA)
バイク大型自動二輪免許所持・大型一種・牽引一種免許所持
第1級小型船舶操縦士免許所持・英語検定3級所持・漢字検定3級所持
異職歴:
海上自衛隊 隊員
衆議院議員 秘書
特技:ものまね・お喋り 「男はつらいよ」「3年B組金八先生」「北の国から」談義・ 津軽弁(わんつかばり)、ほんの僅かな英会話?一応、(アメリカ滞在歴2年有)
好きなアーティスト&バンド:吉 幾三・長渕 剛・サザンオールスターズ・横浜銀蝿
好きな音楽のジャンル:色々なジャズ・1950年代アメリカロックンロール
尊敬する人物:吉田松陰 ・坂本龍馬 ・相田みつを ・スティーブ・ジョブズ
尊敬する三味線奏者:芳村伊十七 (長唄)鶴澤清治 (義太夫)初代 藤本琇丈 (端唄・民謡)高橋竹山 (民謡・津軽三味線)高橋祐次郎 (民謡・津軽三味線)木乃下真市 (津軽三味線)渋谷和生 (津軽三味線)御教授頂いた全ての師匠方。(敬称略)
好きな名言・格言:世の中の人は我を何とも言わば言え、我が成す事は我のみぞ知る!(坂本龍馬)
無知の知こそ、賢者への道(ソクラテス)
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(孔子)
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
好きな四字熟語:万里一空・奮闘努力・一心不乱・四面楚歌・温故知新
松川和龍乃祐、24歳頃自ら考えた座右の銘:
《己を知り、己に克ち、己を高めろ!》
好きな食べ物:ラーメンなど麺類
好きな飲み物:カフェオレ・コーヒー
嫌いな食べ物:魚類(特に“寿司”などの生魚)
嫌いな飲み物:トマトジュース、ビール(瓶・缶)
《所 属・資 格 》
公益財団法人日本民謡協会:指導者資格認定公認 教授
日本民謡 藤山流 総師範: 藤山弘修(ふじやま ひろのぶ)
端唄 若宮流 特別師範 :若宮 龍乃祐(わかみや りゅうのすけ)
小唄 若宮派 名取:若宮 三千龍 (わかみや みちりゅう)
《演奏三味線種目》
津軽三味線
民謡三味線
端唄三味線
小唄三味線
沖縄三線
長唄三味線
常磐津三味線
富本三味線
新内三味線
義太夫三味線
▼習得した芸・師事した師
民謡三味線:日本民謡藤山流家元 藤山秀修師
(公財)日本民謡協会理事・同会教授)
『藍綬褒章受賞者』
日本民謡(唄):日本民謡藤山流家元 藤山秀修師
(公財)日本民謡協会理事・同会教授)
津軽三味線・秋田三味線・尺八・横笛・太鼓・胡弓:話芸
津軽三味線高橋流家元 高橋祐次郎師
(元 NPO法人 津軽三味線全国協議会 副理事長)
津軽民謡(唄):津軽民謡三浦派家元 三浦節子師
(元日本コロンビアレコード)
端唄(唄・三味線): 端唄若宮流 若宮三千世師
小唄 (唄・三味線) : 小唄若宮派 家元 若宮三千代師
端唄 ・富本(唄・三味線) :神楽坂まき子師
(富本・端唄界第一人者)
常磐津(三味線):常磐津一寿郎師
(歌舞伎 常磐津方)
長唄(三味線):芳村伊之助師
(歌舞伎 長唄方)
新内(三味線):新内仲三郎師
(人間国宝)
沖縄三線:親盛 隆師
義太夫(三味線):独学
▼主な出演・活動
81年 日本民謡大賞/日本武道館
81年 民祐会15周年記念公演/NHKホール
83年 ザ.トップテン/渋谷公会堂
83年 夜のヒットスタジオ/フジテレビ
84年 両国国技館 こけら落とし/両国国技館
86年 オールスター新春かくし芸大会/フジテレビ
86年 五木ひろし新春特別公演/新橋演舞場
86年 俚謡四人会/国立劇場(大)
89年 日本総領事官就任祝賀会/米.ロサンゼルス
90年 日本人会館に於いてコンサート/米.ロサンゼルス
94年 青山学院大学学園祭にてライブ開催/東京
94年 九段会館/千代田区
94年 お江戸日本橋劇場/日本橋
94年 初単独ライブ/代官山
95年 第7回 津軽三味線 全日本金木大会 初出場
同大会に於いて一般A級戦「特別賞 金木町教育長賞」受賞
95年 商業演劇、舞台「華やぎの糸」公演ツアーで俳優デビュー
浅利香津代、吉沢京子と共演(岩手・茨城・大阪近鉄劇場 他)
96年「日本人としての大切な心を取り戻そう」と言う 趣旨のもと、
津軽三味線ユニット「じゃぱねすく」を結成

96年 じゃぱねすくディナーショー/京都国際ホテル
96年 じゃぱねすくファーストレコーディング/東京
96年 公益財団法人日本民謡協会 指導者資格試験「公認教授」に合格
96年「じゃぱねすく」ファーストCD「JONGARA NEO」を発表
97年 品川区成人式にて記念コンサート/東京
TV時代劇「鬼平犯科帳」に出演
小唄・若宮派 “ 若宮 三千龍 ”を襲名 《襲名披露式 湯島天満宮》
97年 津軽三味線 松川龍ノ助&民謡歌手 今井晶子がコンビを組み
「ジャパネスク」を結成
札幌雪祭り/札幌
ユニット「ジャパネスクwithらん」結成
99年 「景気回復音頭」&「じゃん」のCDを発表。

99年 横浜開港記念みなと祭り/横浜
【全国制覇】(全都道府県での路上演奏)の偉業を達成する
横浜クイーンズスクエアにてライブ/横浜
99年 日本初「津軽三味線インターネットビデオ通信講座」を開設
受講者を「ジャパネスク倶楽部」会員として、全国に支部を置き
三味線を無償で指導する。
ニューヨーク、セントラルパークにて路上ライブを行う
2000.5 「2000年津軽三味線全国大会」にてジャパネスク倶楽部会員が
優勝・入賞(C級戦優勝:板庇輝明・C級戦入賞:太田康裕)
ジャパネスク マキシシングル「津軽舞音節」発表
(#白藤ひかり #Pちゃん として出演)
邦楽専門誌 邦楽ジャーナルにコラムを連載開始
【龍ノ助のメール一番出し】
CM出演
2002.5 「2002年津軽三味線全国大会」にてジャパネスク倶楽部会員が
優勝・入賞を果たす(B級入賞:板庇輝明・ジュニア級優勝:白藤ひかり)
(その後白藤ひかりは内弟子になり松川龍ノ助のもとで修行する)
2012 闘病生活を一時中断し本格的な活動を再開。
復活最初のステージは新たな出発点という意味で、東海道などの起点である東京都中央区の「日本橋の上」での路上ライブ。
2012~2016まで東京近郊都市の高齢者福祉施設などでボランティアで単独ライブを続ける。
2016.4 端唄 若宮流 特別師範 【若宮 龍乃祐】 を襲名(襲名披露式 湯島天満宮)
2016.6 NHK FM 【邦楽のひととき】出演 替手・上調子を演奏(若宮三千世師の伴奏)
2016.8 若宮記念会/日本橋三越劇場(林家たい平師などの伴奏)
2016.9 若宮三千代(三千世)ディナーショー/ヘリテイジ飯能(林家たい平師などの伴奏)
2016.8 駿河台大学三味線倶楽部の学生に「若宮流家元代行」として代稽古をつけ学生達に指導をする
《三味線俱楽部員 ドイツ人留学生 KRAUS,KAY(カイ)YVONNE》
2016.10 端唄協会/東京証券ホール
2016.10 小唄協会/国立劇場(小)
2016.10 駿河台大学ライブ/飯能
2016.11 富士松鶴千代公演/日本橋三越劇場
2019.6 左鎖骨骨折再手術
(活動休止)(2020.1.1〜活動再開
2021~YouTubeチャンネルを開設
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『エピソード集』
※EP1: この頃(1970~80年代)、日本は空前の津軽三味線・民謡ブームが沸き上がっていて(第二次津軽三味線ブーム)津軽三味線を習う人が爆発的に増加した。
※EP2: 異種独特な感性と個性の塊であるが故の言動、行動の破天荒ぶりから周囲の人達や先輩、業界の人達からは「津軽三味線界の奇人!変人!異端児!」と揶揄され始めるが、高橋祐次郎師は「奇才!」と認めていた。
(自他ともに認める当時一世を風靡した “ ツッパリ ” 三味線弾きだった。(ツッパリ精神は今も健在)豪快な撥捌きで後ろから「撥が見える」と言われる程、当時の若手奏者にはあまりいないタイプの奏者だった。
※EP3: 十数年後、後に人間国宝になる別の師から「貴方には三味線の神様が取り憑いている!是非ウチに欲しい」と言わしめ、さらに別の師からは「 “ 気 ” を読み!盗む!天才!」と絶賛されるように成長を遂げて行く。
19歳(1984)で「公益財団法人日本民謡協会.指導者資格認定試験」
に合格、同協会「公認教師」となり、翌1985年の日本民謡藤山流に
於いて行われた師範審査試験に合格、20歳で「日本民謡藤山流総師範」になり「藤山弘修」(ふじやま ひろのぶ)を襲名する。
※EP4: 同年末、NHK紅白歌合戦に「細川たかしさん 望郷じょんがら」のバックに合奏で出演しないか?という話があったが「紅白に出たくて三味線やってんじゃねぇ!!!」という理由で断った。(ツッパった!)
※EP5: この頃から浅草周辺の民謡酒場に入り修行を始める。当時、多くの若手奏者が民謡酒場で修行し腕を競い合った、そこで多くの民謡歌手や素人歌手の唄付けを学ぶ。「最後の浅草民謡酒場組」と言われ、「津軽三味線 第五世代」とも言われている。(同期に木乃下真市氏など当時は強者揃いだった)
※第一世代:秋元仁太郎、戸田重次郎、古川喜之助、太田長作、梅田豊月など津軽三味線の始祖、開祖と言われる世代。
※第二世代:白川軍八郎、木田林松栄、高橋竹山、など津軽三味線を世に知らしめるきっかけとなった世代。(第一次津軽三味線ブーム、竹山ブーム)
※第三世代:小山 貢、山田千里、福士政勝、三橋美智也、佐々木 孝、高橋祐次郎、京極利則、澤田勝秋、長谷川裕二など津軽三味線の大ブームを築いた世代。(第二次津軽三味線ブーム、また津軽三味線の合奏が行われるようになったのもこの頃で20~50人、また100人以上など大規模の合奏もざらにあった。現在、2000人以上で行われた大合奏がギネス記録になっている。同一の楽器を大人数で演奏することは世界でも稀)(津軽三味線という言葉は三橋美智也氏がつけたとされる)
※第四世代:五錦竜二、藤田淳一、高橋浩次郎、澤田勝仁、福士豊勝、木本伸十郎、小山貢竜、山上 進などブームが下火になった後の津軽三味線界を支え続けた世代。超絶技巧派の奏者が多かった。
※第五世代:小山満、工藤武、木乃下真市、渋谷和生、松川龍之介など津軽三味線全国大会が初めて開催された時期から若手筆頭と言われた世代。この時期から全国大会に出場する奏者が続々と登場し始める。(第二、第三、第四世代の弟子達が多かった)
※第六世代:上妻宏光、吉田兄弟、踊正太郎、中山信人など現代津軽三味線の礎となる世代。第三次津軽三味線ブームの火付け役。この頃から全国各地で「全国大会系」が開催され始める。
※第七世代:阿部金次郎・銀次郎・白藤ひかりなど、現在活躍中の若手奏者。
※EP6 21歳で門下を離れ指導者、演奏者として独立、ソロ活動を始める。
24歳で武者修行のために渡米、ロサンゼルス在住日系人の民謡団体や個人(アメリカ人、ドイツ人、中国人、韓国人、メキシコ人、ブラジル人など)に津軽三味線を指導する。(アメリカでの呼び名は“Hiro Fujiyama”)
その後、全米各地を飛び回り津軽三味線の演奏や指導にあたっていたが、国外に住んでみて初めて「日本の素晴らしさ、日本人の凄さ」に気が付き、26歳で帰国し改めて日本という国や三味線を勉強し直し、太棹・中棹・細棹、などあらゆる種目の三味線を研鑽する。
(端唄・小唄・長唄・常磐津・義太夫・新内・沖縄三線)
28歳より芸名を“ 松川 龍之介 ”と定め、組織に属さないフリーの三味線奏者
として活動を始める。
※EP7: この頃「端唄界の大御所」(舞台では初代 藤本琇丈師の伴奏以外では絶対に唄わない)と言われる人物と出合い、今まで触れたことのなかった「津軽三味線とは全く別物の三味線本来の音色」を聴き、知り、激震が走り今まで抱き続けてきた「三味線」に対する概念が変わり始める。
※EP8: 29歳の時、津軽三味線の本場、津軽、弘前に在った
「ライブハウス 山唄」(当時)にて山田千里師、渋谷和生氏に出会い演奏を聴いた時、明らかに関東以西で演奏されている津軽三味線との「大きな違い」をまざまざと知ることになり自分の演奏する津軽三味線に疑問や違和感を抱くようになり、これを機に津軽三味線をやる上において「津軽三味線とは何か?」を追求し始め、さらに「三味線とは何か?」三味線と云う楽器の本質を追求するようになり、それを生涯の課題と考え始めるようになり三味線奏者として大きな転機となる。
そして、三味線界に古くから伝わる慣習や伝統などに対しても疑問を抱き異論を唱え、組織に囚われることなく流派、会派などの枠をこえた活動を続けている。
また、早くからグローバルな活動をしておりアメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、中国、にも出向き国内外で三味線の振興・普及、指導者を育成する活動をしている。
※EP9: 34歳の時、かねてから思い悩んでいたことを解明するため家族で津軽に移住、弘前市内の居酒屋で2年間民謡歌手とのユニットで毎日4ステージ演奏、西津軽郡柏村(現つがる市)に住み五所川原市内の居酒屋で3年間民謡歌手とのユニットで毎日4ステージ演奏をする日々を送る。当初、地元の人達からは「おめのしゃみせんこだばつがるのかまりこしねはんでまいねでゃ!」(お前の三味線は津軽の匂いがしないからダメだ!)と言われ続けなかなか受け入れてもらえなかったが「津軽を知りたい!」という一心で津軽弁で会話をしたりするなど津軽を知る為の努力を続けているうちに周りから徐々に「おめさわのけやぐだはんで!」(お前は俺の友達だからな!)と言ってもらえるようになった。本場津軽での生活で津軽と云う土地柄や人柄を実体験し「津軽三味線とは・・・?!」を見極める。
(言語方言・気候・風土・風習・気質・気性・・・えふり!じょっぱり!ほんずねし!などを知る)
また、根っからの三味線好きなため様々な種目の三味線を研究、
その探究心は55歳の今現在も劣らず、知識、見識を高め、三味線界に蔓延る
古くからの悪しき慣習に対する反発、反骨そして胆識は他に類をみない。
三味線奏者としては日本で極めて少ない三味線マルチプレーヤー。
(多種三味線奏者)
※EP10 :類い希なお喋り好きでトークが大変上手く、ユニークな話しで観客をわかせる話術の持ち主であり三味線とトークだけで2時間以上1人で舞台を務められるほどの芸は三味線業界では唯一無二の存在。(話し方など特に学んだことはない“天性”のもの)
今現在に至るまで幾度もの試練に耐え、東奔西走、試行錯誤を繰り返し技術、知識を磨き、確固たる独自の芸と世界観を確立させた。
※EP11: ヘッドマイクを装着して演奏するスタイルは25年以上前から。(単独ライブ時のみ)
※EP12:: マスコミ嫌いなため、メディア等への出演は滅多にしない。
※EP13: かつて邦楽専門誌「邦楽ジャーナル」にコラムを掲載するなどしていて今でも執筆活動を行っている。現在は
「凄まじくいい加減な津軽三味線界の実態!」(仮)
「悪しき慣習三味線界の家元ビジネスの現実!」(仮)
「本当の津軽三味線など存在しない!」(仮)
「全国に蔓延る素人を食い物にする 〝インチキ〟ローカル 津軽三味線先生方と三味線屋に物申す!」(仮)
「伝統という名の嘘」(仮)
「津軽三味線の音楽理論」(仮)
「津軽三味線全国大会系で入賞させる為の絶対的指導力と秘訣!」(仮)
「論文 多様化する三味線音楽」
などを執筆中。
※EP14: 2001年テレビのトーク番組に出演した際、休憩中喫煙室で居合わせた共演中の武田鉄矢氏に対し津軽三味線について熱く語った。そのことがきっかけか定かではないがその後武田氏鉄矢氏は津軽三味線を習うようになった。
※EP15: 早くからパソコンに取り組み(1987〜)インターネットが普及する以前からPC通信やHP製作、DTMなどを行なっており、「デジタル津軽三味線奏者、指導者」の先駆者。
1999年当時に自身が製作したHPは津軽三味線界(三味線界)最大級のものであった。
※EP16: 1995年「 第7回 津軽三味線 全日本金木大会 」出場時に現在の吉田兄弟と出会いその後も交流がある。
※EP17: 1994年頃、上妻宏光氏の師匠、佐々木光儀氏と出会いその後も交流がある。
※EP18: 99年 に開設した日本初「津軽三味線インターネットビデオ通信講座」の受講者であった白藤ひかり氏の才能を見出し、三味線を無償で指導し、「2002年津軽三味線全国大会(弘前)」ジュニア級の優勝に導く。
≪ 最後まで御覧頂きありがとうございました ≫
最後に「正統派!」って何かって?
それはNa!
津軽三味線の演奏は基本的には唄の伴奏者であってその前奏(前弾き)をその時その時に「即興演奏」でやることでありそれこそが津軽三味線の弾き手にとっても唄い手にとっても聴き手にとっても最高の醍醐味だと俺は思うZe!
(特に近年、「即興演奏と唄の伴奏」が出来るやつがいなくなってる!)
Oreは一部の楽曲を除くが、いついかなる時であってもこの「即興演奏」を大事にして弾いているんだ!だからこそ、一曲々が真剣勝負であり、緊張感が高まり集中力が最高潮に達した時、自らの命を削り、魂の叫び!みたいな音が出でくるんじゃねえのかNa!この音こそが俺にしか出せない、聴き手に「津軽を感じさせることが出来る音」じゃあねえのかNaって思うYo!その時だね、きっと「三味線の神様」が降りてくるのは。いつも「即興」だからこそミスも多いYo!生身の人間だからNa!(笑)
だだね、特に稽古しているとき時に多いんだけど、時にまるで「自分が三味線を弾いてる」っていうよりも「俺の中で誰かが勝手に弾いている」っていう感じがする時があるんだYo!
それこそが「松川和 龍乃祐」の三味線なんじゃねえかなぁと思うZe!
あとは何て言っても「唄の伴奏」(唄付け)!!これが出来なきゃ話にならないZe!!Oreたちの世代では「必須」だったYo
どんな歌い手にも対応出来る万能性がなければ三味線弾きとは言えないんじゃNeekana|||
普段は稽古しているときが一番楽しいYo!ん?何でかって?それはNa
「素の自分」が三味線を弾いていられるからね!何時間でも弾いていられるYo!ww
稽古も舞台も一緒!常に真剣勝負!常に「素の自分」が音を出す!魂から絞り出す!それが俺のおと・・・(๑・̑◡・̑๑)
そうそう、最近の言葉で言えば
弾き手が ❝ 全集中 ❞ して弾かなきゃ聴き手だって ❝ 全集中 ❞ して聴いてくれねぇZe~~!肝心なのは💛だZe 三味線に対する愛情と情熱と探求心なら誰にも負けねぇZo~!(^^)! ja~na~ by Ryunosuke (^_-)-☆
☆因みに津軽三味線で演奏する一部の「メジャーな楽曲」リストを掲載しておくZe☆
それと一番下の方にOreが普段三味線を研究する為に参考にしている文献や資料も掲載しておくから一度読んでみたらいいと思うYo!「三味線」のみならず日本の「伝統や文化」「民族芸能」とか「西洋音楽理論」なんかも勉強すると三味線のことが良くわかってくるZe!あと、「哲学」「脳科学」「心理学」「釈迦の名言」「音響学」「ステージ・PA・音響・舞台用語」「レコーディング・ミキシング・マスタリングの知識」なんかも勉強しておくと色々為になることが多いYo (^_^)/~
《参考楽曲リスト》
青森県民謡(津軽もの)や一部の秋田県民謡(秋田もの)や岩手県民謡(南部もの)や北海道民謡(北もの)などと呼ばれている。
津軽じょんから節 (4種)旧節、中節 、新節 、新旧節
津軽よされ節(旧節、新節)
津軽小原節(旧節、新節)
(上記3曲を「津軽三つもの」と呼ぶ
津軽あいや節(全音、半音、古調)
津軽三下り
(上記2曲を合わせて「津軽五大民謡」と呼ぶ)
津軽塩釜甚句(小原)
津軽願人節
津軽タント節
俵積み唄(南部俵積み ともいう)
津軽音頭
津軽ばやし
ナオハイ節
田名部お島こ節
リンゴ節
津軽甚句(ドダレバチ)
嘉瀬の奴踊り
黒石よされ節
黒石じょんから節
鯵ヶ沢甚句
ワイハ節
十三の砂山
弥三郎節
八戸小唄
五所川原甚句
津軽よされ大漁節
津軽数え唄
外ヶ浜音頭
虎じょさま
南部よしゃれ
南部酒屋元摺り唄
秋田荷方節
秋田船方節
本荘追分
秋田おばこ
能代船方節
能代荷方節
秋田甚句
秋田音頭
秋田大黒舞
ドンパン節
タント節
道南口説
道南盆歌
道南ナット
この他にも津軽三味線で弾く曲はマイナーな曲も含めて多数あるYo!(^^♪

もし、自分に無いもの(音)を鳴らされたら、刺激を受けるけど、同時に嫉妬もする、あの感覚は苦しくて、醜くて、とても嫌なものだ。
( 主人公の兄のセリフ)
テクニックに注力するな!
己の魂で弾け!
己の中には漲る魂があるはずだ!
自分を信じろ!
病で苦悩した20年を忘れるな!
三味線に注いできた50年の情熱を忘れるな!
三味線は生きる原動力!
上手に弾こうとするな!
小手先で弾こうとするな!
心の中を表せ!
魂を削って音を出せ!
普通であることをやめろ!
真面目な三味線は捨てろ!
常識的な三味線は弾くな!
秩序ある破壊主義者に徹すること!
MatsuRyu2021プロジェクト実行委員会
Web担当責任者:響太郎&海次郎
お問い合わせ:matsuryu2021@gmail.com
You Tube 公式チャンネル:松川和龍乃祐 - YouTube
徒然なるままにシリーズ1〜13 他
特に、障害者に対する『差別・偏見』を無くし
全ての障害者が平等に生活できることを
切に願って活動しております。
☆皆様からのご意見・ご感想・ご質問
ご相談・ご依頼・ご要望・お問合せ
ご賛同・ご称賛・ご声援・ご支援
ご協力・ご指導・ご鞭撻・激励
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悪態・恨み・つらみ・妬み・嫉み
嫌味・僻み・やっかみ !!!
などなど!ドシドシ!!
松川和龍乃祐 掲示板 まで!
お待ちしております。!<(_ _)>
※プロフィールの内容は不規則的に修正・訂正・改正・更新されます。
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